『中身』

 そこは、巨大な図書館だった。
たくさんの本が壁を埋め尽くしている。幾重にも並べられた本棚はまるで迷宮だった。その中心には、理路整然と机が並べられた広場になっていて、大勢の人がいかにもといった風情で、それぞれがとても忙しそうに勉強していた。
 私が「コホン」と咳ばらいをすると、数人から睨まれてしまった。マナーにはうるさいらしい。
 私は近くにあった本棚から、一冊抜いてパラパラとめくってみた。が、その本は白紙だった。私はその本を戻し、次の本を開いてみる。しかし、それもまた白紙だ。私は、今度は本棚の裏側に回り込んで、さらに数冊の本の中身を確認してみたが、手に取った本のすべての中身が白紙だった。
 私は悪い予感を感じながら、並べられた本棚の背表紙を見回してみる。見た感じ、おかしな所は見当たらない。それどころか、専門書から物語まで、さまざまな本が厳かに並んでいるようだ。
 私は何気ない素振りを気取って、勉強する人々の背後を歩きながら、そっと机に広げられた本のページを盗み見てまわった。だけど、誰の手元にある本も。それらすべての本が白紙だった。
 その瞬間、私は直感した。ここにあるすべての本の中身は白紙だ。表紙だけは立派で、カバーの装飾も素晴らしい。本棚は厚く高級感があり、鉄製の金具も実に味がある。本棚に取り付けられた黒い鉄製のインデックスパネルもなんとも言えないデザインで本当に素敵に見えた。だけど。
 私は、強烈な居心地の悪さを感じながら図書館の出口を探した。貸出口には数人の司書達が、なぜかタキシード姿で紅茶を飲んでいた。私が出ていこうとすると、司書の一人が近づいてきて言った。
「気づいてしまいましたか?」
 私が何も答えないでいると、司書は「便利なものなんですけどね」と言い、さらに続ける。
「中身が印刷されていない本というのもなかなか良いものなんですよ。知らないのに知っているふり、分かってないのに分かったふり。そういうことをする場合にはね。本のカバーはどれも立派だったでしょう? 皆、そういう外面だけにしか興味がないですからね。ほとんどの人はね」
 私は、司書と目を合わせないようにタキシードの胸元あたりを見ながら沈黙を続ける。
「時々、あなたのようにに気づいてしまう人もいます。中身がないということに。でも見てください」
 タキシードが手をかざす方を見ると、皆一生懸命机に向かって本を読んでいる。ふりをしている。
「あの人たちは、本の中身が印刷されていないということにすら気が付いていません。でも、そんなことは関係ないのですよ。人間なんて、だいたいそんなようなものでしょう? いつかあなたにも、そんな本が必要になる時が来るかもしれません。そうしたら、いつでもお越しください。ここはいつでも開いていますから」
 そう言い終わるとタキシードは、左手を翻しながら、華麗に一礼し、私を見送るそぶりをした。
 私はぞっとしながらその場を後にする。